環境と福祉の充実を目指して

木喰上人の微笑仏[2015/09/26 土 AM 11:47]

 シルバーウィークに、島根県立美術館で「祈りの仏像」を見学してきました。

 この中に、「木喰上人の微笑仏」のコーナーがありました。

 図録から引用します。

 「江戸時代、甲斐国(山梨県)に生まれた木喰(1718~1810)は、14歳で生地を離れ、二十二歳のときに出家したと伝えられます。45歳で木喰戒(修行のため穀物等の摂取を絶つこと)を受け、以後「木喰」と名乗るようになりました。

 56歳のとき、廻国修行を始め、北は北海道から南は鹿児島までその足跡は全国各地に及びました。

 61才から滞在した先々で多くの木彫仏を造立し奉納しました。

 寛政9年(1787年)から11年にかけて中国地方にも来訪し、多くの像を遺しています。

 木喰の造る仏像は、台座なども含めて一材からなる素朴な造りで、独特の微笑を浮かべた表情が印象的です。」

 そして、この展示会では、8体の木喰の仏像が展示されていました。

 そのうちの5体が「極楽寺(山口県)」のものでした。

 図録の資料に、極楽寺についてこうあります。

 「極楽寺は宇部市木田に所在する浄土宗寺院。元来、山口市今市にあったが、明治の始め山中上市の専念寺跡に移り、さらに現在地へと移ったという。当時の木喰仏が元々どこで造立され、安置されていたのかは不明であるが、各像背面の墨書銘により、寛政10年11月に造立されたことが明らかである。」とあります。

 様々な経緯があったにせよ、宇部市に木喰の仏像が現存していることに感銘を受けました。

 木喰上人の微笑仏のまさに微笑が未だに脳裏に蘇ります。

 そして、全国で仏像を作ってあるいた木喰上人の人生にも興味を抱きました。

 これから少しづつ、木喰上人の事についても勉強していきたいと思います。

 県内の他の寺院にも木喰上人の仏像があるのではないかと思います。

 何か情報がありましたらお教えいただければと思います。

コメントはまだありません »

コメントはまだありません。

この投稿へのコメントの RSS フィード。 TrackBack URI

コメントする