環境と福祉の充実を目指して

明日は、臨時議会です。[2007/05/07 月 PM 10:11]

 今、荒川市議地域の後援会の懇親会に参加して帰りました。木曜日は、真鍋地域。来週は、岡本地域と続きます。いろいろな方と対話できて楽しいひと時です。

 義父のルーツを探る富山への旅は、思い出深く、今日も少し感想を書きます。父の実父は、戦死しました。そして養父は、実父の兄でした。その事実を私は、富山に行って初めて知りました。当時は、よくある話だと聞き流せない、戦争の悲惨さを実感しました。

 富山と関西は、関係が深かったようです。戦前から農家の次男以降は、働きに、長男も出稼ぎに関西に出ていたようです。富山の山間部は、米はほとんど取れず、粟程度だったようです。江戸時代から養蚕と塩硝の生産が盛んだったようです。しかし、それでは、生活できないので、戦後も含めて出稼ぎに行かなければならなかったようです。

 山口県に生まれ育った私には、出稼ぎの実感がわかないのですが、富山に行ってみると少しは分かる気がしました。

 06年の人口移動状況の調査結果が出ました。豊かなはずの山口県は、4508名の転出超過となりました。前年度より783人増です。人口規模が違うでしょうが、富山県は、転出超過が1309名。ですから今は、富山県の方が山口県より豊かなのかも知れません。

 私はこのことから二つの事を感じました。一つは、山口県は、県民にとって住みよい地域を作る必要があるということです。二つ目は、国は、どこに住んでいても同じような行政サービス(ユニバーサルサービス)を受けることの出来る国を作る必要があるということです。

 戦争が終わり、60年以上経ちました。豊かさが実感できるような山口県をつくる必要性を、富山への旅を通じて痛感しました。

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 富山県・井波神社のよいやさ祭りの獅子舞の風景

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