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井上ひさしの「子どもにつたえる日本国憲法」[2019/05/06 月 PM 12:35]

 10連休最終日です。

 選挙後ということもあり、様々な行事が連休中もあり、バタバタとした連休でしたが、明日からの県議会議員としての本格的スタートにあたり、今日は、机の周りの片づけを行っています。

 本棚から溢れた本を今、古本屋に持っていきました。

 引き換えに素敵な本を見つけました。

 「井上ひさしの『子どもにつたえる日本国憲法』」です。

 絵がいわさきちひろで、素敵な絵本に仕上がっています。

 憲法9条の部分は当然ですが、今日は、憲法前文のこの部分が意味深く伝わってきました。

 井上さんが子どもにつたえるために要約した憲法前文のある部分の文章が次の通りです。

 「自分たちのためになることばかり言い立てて ほかの国をないがしろにしてはならない これはいつどんなときでも 守らなければならない決まりごとである この決まりごとを私たちもきびしく守って 日本国のことは、国民である私たちが決め、ほかの国国の主人になろうとしたり 家来になろうとしたりせずに どこの人たちとも同じ態度でつきあうことを誓う どんな国でもそうしなければならいと 信じるからだ」

 これは、憲法前文のこの部分の井上さんの意訳です。

 「われわれは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して 他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。」

 憲法前文にある「いずれの国家も、自国のことのみに専念して、他国を無視してはならない」との普遍的な「政治道徳の法則」が崩されようとしていると、ある本を読みながら痛感しています。

 その本とは、ここ数日読んでいるナオミ・クライン著「NOでは足りない トランプ・ショックに対処する方法」であり、政治道徳の法則の崩壊について感じたのは、本著、95ページからの章「地球温暖化―保守派はわかっている」で書かれてある部分です。

 ナオミ氏は、「筋金入りの保守派が気候変動を否定するのは、気候変動対策によって脅威にさらされる莫大な富を守るとするからだけではない。彼らは、それよりももっと大切なもの-新自由主義というイデオロギー・プロジェクト-を守ろうとしているのだ。すなわち、市場は常に正しく、規制は常に間違いで、民間は善であり公共は悪、公共サービスを支える税金は最悪だとする考え方である。」と指摘しています。

 新自由主義のアメリカでの極端な現れが、今のトランプ政治であり、日本での現れが、安倍政治ではないかと私は感じました。

 アメリカが他国を無視して自国のことのみに専念する世界になろうとしています。この中で日本の主権も侵されようとしています。

 ナオミ氏は、「気候変動は現代の保守主義が足場にするイデオロギーを粉々に打ち砕いてしまうのだ。気候危機が現実のものだと認めることは、新自由主義政策の終わりを認めることになる。だからこそ右派は物理的世界に抵抗し、科学に抵抗しているのだ」とも指摘しています。

 その上でナオミ氏は「地球温暖化の事実をなんとしても否定し、温暖化の影響をできるだけ軽視しようと躍起になっているトランプ政権の閣僚たちは、ある意味で根本的な真実を理解しているといえる。すなわち、気候カオスを回避するめには、1980年代以降世界を支配してきた資本主義イデオロギーに異議を突きつける必要があるということだ。このイデオロギーから恩恵を受けている人たちは当然、不満に思うだろう。それは理解できる。だが地球温暖化の影響は甚大であり、しかもどんどん悪化していく。これが事実であれば-疑いようのない事実であるが-富裕層のやりたい放題をこのまま許すわけにはいかない。今や、それを止めることに人類全体の生き残りがかかっている。」と述べています。

 ナオミ氏の言葉「断固とした『ノー』には、大胆で前向きの『イエス』が伴わなければならない。」を再度思い起こしたいと思います。

 私の「イエス」は、憲法前文でいう普遍的な政治道徳の法則を世界が共有することだと思います。

 「いずれの国家も、自国のことのみに専念して、他国を無視してはならない」立場に全ての国が立つことが、ナオミ氏が指摘する「人類全体の生き残り」がかかる課題に対処していく上で、きわめて重要な視点だと思います。

 憲法前文には、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」という言葉もあります。私は、この言葉も前向きな「イエス」が含まれていると思います。

 この憲法前文の部分を井上ひさしさんは次のように意訳しています。

 「私たちは、世界の人たちがみな こわがったり飢えたりせずに ただおだやかな生き方をしたいと願うのは 当たり前だということを いま一度 自分に言い聞かせ どんなことがあっても そのじゃまをしてはならないと たしかに決めた」

 「世界の人たちがみな こわがったり飢えたりせずに ただおだやかな生き方」ができる世界の実現のために、トランプの政治や安倍政治にこれからも必要な「ノー」を発信していこうと私は思いました。

 5月3日は、憲法施行72周年の日でした。昨日は、子どもの日でした。

 連休最終日にあたり、「おだやかな生き方」ができる日本と世界の実現を心から願います。

 憲法前文に対する皆さんのご意見をお寄せ下さい。

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