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富嶽百景[2018/09/10 月 AM 07:40]

 昨日、フジテレビの27時間テレビで、富嶽百景を描いた葛飾北斎が取り上げられていました。

 富嶽百景はどこで描かれたのかなどを追っていました。

 私が心に残ったのは、北斎が富嶽百景を描いた本の後書き(跋文)です。

 インターネットで現代語訳を見つけましたので紹介します。

 「私は6歳より物の形状を写し取る癖があり、50歳の頃から数々の図画を表した。とは言え、70歳までに描いたものは本当に取るに足らぬものばかりである。(そのような私であるが)、)73歳になってさまざまな生き物や草木の生まれと旁をいくらかは知ることができた。ゆえに、86歳になればますます腕は上達し、90歳となると奥義を極め、100歳に至っては正に神妙の域に達するであろうか。(そして、)100歳お超えて描く一点は一つの命を得たかのように生きたものとなろう。長寿の神には、このような私の言葉が世迷言などではないことをご覧いただきたく願いたいものだ。」

 俳優の筧利夫さんが北斎を見事に演じておられました。

 富嶽百景の中でももっとも有名な作品は、「神奈川沖浪裏」でしょう。

 この絵は、千葉県木更津から書かれたものだということです。

 北斎がこの絵を描いたのは、70歳を超えてからです。

 この波に到達するまでの、北斎が描いた波の変遷などが映し出され、上に紹介した後書きの意味が少し分かります。

 私が、今、50歳を過ぎたところですが、富嶽百景の後書きで、北斎は、50歳から図画を書き始めたが、70歳までの作品は取るに足らないものだと言っているのです。

 86歳で上達し、90歳で奥義を窮め、100歳を越えたら生きているように絵が描けると言う北斎。

 北斎は88歳で亡くなりますが、亡くなる直前まで作品を書き続けていました。

 50歳を過ぎると現役として活躍できるのは後何年かなあなどと考えたりしますが、北斎の言葉に目を覚まされました。

 終わるまでが人生、常に向上心を持って生きぬくことが大切だということです。

 本ブログで時々、取り上げる、私の川柳の師匠であった時実新子さんからいただいた句が次の句です。

 「今ぞ今 死は生きること 生きて死ぬこと」

 師匠のこの句に励まされ、北斎の富嶽百景の句に励まされ、今日も頑張ろうと思います。

 50歳は駆け出し、70歳までは取るに足らない。80歳過ぎてから上達する。90歳で奥義の域。

 私の仕事で言えば、しゃべることですが、この気持ちで今日もマイクを握りたいと思います。

 心を込めて、市民の皆さんに訴えようと思います。

 

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