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国連憲章から日本国憲法への飛躍[2018/07/08 日 AM 07:34]

 昨日、日本共産党山口県委員会が主催する議員、予定候補の研修講座に参加しました。

 藤本博一副委員長を講師に「綱領」を学びました。

 この中で、国連憲章から日本国憲法への飛躍について学びました。

 1945年6月に調印された国連憲章には、二度にわたる世界大戦の惨禍を踏まえて「武力による威嚇又は武力の行使」が厳しく禁止される中身となっています。

 1946年11月に公布された日本国憲法は、第9条第1項で国連憲章を踏まえて「武力による威嚇又は武力の行使」を放棄するとともに、第2項では、さらにすすんでいっさいの戦力の保持と交戦権の禁止を定めています。

 志位和夫委員長は、自著「綱領教室」(第3巻)でこの点について次のように述べています。

 「国連憲章がつくられた1945年6月と、日本国憲法がつくられた46年11月との間に、人類はある重大な出来事を体験しているのです。すなわち、国連憲章が決められた45年6月の時点では、人類はまだ原子爆弾を知りませんでした。そのひと月後の7月に、アメリカで人類初の核実験がおこなわれました。そして8月に広島、長崎に核兵器が投下され、20数万人の無辜の人びとが命を奪われ(同年末までの人数)、二つの美しい都市が一瞬にして廃墟と化し、言語を絶する犠牲をこうむりました。このようなこの世の地獄を、世界のどこでも二度と繰り返してはならないという強い思いが、憲法9条という宝を生みだした一つの重大な歴史的契機になったのではないかと思います。」

 志位委員長は、その根拠の一つとして、1946年11月に当時の内閣が発行した「新憲法の解説」から、憲法第2章「戦争放棄」の意義についてのべた部分を引用しています。

 「第2章 戦争の放棄 本章は新憲法の一大特色であり、再建日本の平和に対する熱望を、大胆率直に表明した理想主義の旗ともいふべきものである。一度び戦争が起これば、人道は無視され、個人の尊厳と基本的人権は蹂躙され、文明は抹殺されてしまふ。原子爆弾の出現は、戦争の可能性を拡大するか、又は逆に戦争の原因を終息させしめるかの重大段階に達したのであるが、識者は、まづ文明が戦争を抹殺しばければ、やがて戦争が戦争を抹殺するであらうと真剣に憂へてゐるのである。ここい於いて本章の有する重大な積極的意義を知るのである」

 「原子爆弾の出現は、戦争の可能性を拡大するか、又は逆に戦争の原因を終息させしめるかの重大段階に達し」て70年以上の月日が経過しました。

 「文明が戦争を抹殺しなければ、やがて戦争が文明を抹殺するであろう」状況が70年以上続いています。

 しかし、国際社会は、昨年、核兵器禁止条約を成立させ、今年、米朝首脳会談を成功させ非核の朝鮮半島づくりが始まりました。

 国際社会は、原子爆弾の脅威を乗り越えて戦争を終息させる方向に大きく動いています。

 その理論的支柱の一つは、憲法9条だと思います。

 原子爆弾などの兵器を行使した戦争が文明を抹殺する時代が到来を許してはなりません。

 古くなったのは、憲法ではなく、自民党型政治ではなでしょうか。

 憲法を生かした政治改革と国際社会での役割の発揮が今こそ求められていることを痛感しいます。

 昨日は、大変、勉強になりました。ありがとうございました。

 憲法9条の意義について皆さんはどうお考えですか。

 ご意見をお聞かせ下さい。

 

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