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「明治日本の産業革命遺産」と強制労働[2018/05/27 日 AM 07:40]

 昨日、「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」の総会が行われ、引き続き、運営委員を務めることになりました。

 総会後に、「強制動員真相究明ネットワーク」と「民族問題研究所」が作成した「『明治日本の産業遺産』と強瀬労働」と題するDVDを視聴しました。

 同名の「日韓市民による世界遺産ガイドブック」を読んでいます。

 ガイドブックには、作成の意図が次のように書かれてあります。

 「2015年7月5日、ドイツのボンで開催された第39回ユネスコ(UNESCO、国際連合教育科学文化機関)世界遺産委員会は、『明治日本の産業遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業』を世界遺産に登録すると決定しました。ユネスコの世界遺産に登録されたということは、その遺産が『顕著な普遍的価値』を持つ人類共同の遺産であり、また特定の国家や国民の専有物ではなく、すべての人類が大切にし、保護するべき遺産であり、そしてわたしたちの世代だけでなく、次世代にまできちんと引き継いでいくべき遺産として、特別に指定されたということです。しかし、日本と韓国の市民団体は、『明治日本の産業革命遺産』には日本の侵略戦争、植民地支配、強制動員、強制労働など、記憶すべき『負の歴史』が示されていないと批判しています。『明治日本の産業革命遺産』にはユネスコの精神と価値がきちんと反映されているのでしょうか。『明治日本の産業革命遺産』が世界遺産に登録された際、世界遺産委員会は、日本に対して、各施設の『歴史の全貌』が分かるようにする『解釈戦略』を立てなければならないと特別に勧告しました。これをふまえ、佐藤地ユネスコ日本大使は、『日本は、1940年代にいくつかのサイトにおいて、その意思に反して連れて来られ、厳しい環境の下で働かされた多くの朝鮮半島出身者等がいたこと、また、第二次世界大戦中に日本政府としても徴用政策を実施していたことについて理解できるような措置を講じる所存である』(日本政府訳)という立場を明らかにしました。さらに、『日本は、インフォメーションセンターの設置など、犠牲者を記憶にとどめるために適切な措置を『世界遺産委員会が勧告した』説明戦略に盛り込む所存である』とも発言しました。このため日本政府は、各施設の『歴史の全容』を示さなければならず、2017年12月1日までにこれに関する進行状況をユネスコに報告しなければならず、2017年12月1日までにこれに関する進行状況をユネスコに報告しなければなりません。しかし、これまでの日本政府の対応から、世界遺産委員会の勧告を日本政府が忠実に履行するとはみられません。わたしたちは強制労働被害者と共に日本と韓国で被害の真相を明らかにし、被害回復に向けて活動してきました。その立場から、『明治日本の産業革命遺産』の説明では、不合理ではあっても背を向けてはならない強制労働などの『負の歴史』を加えなければならないと考えます。日本の植民地支配と侵略戦争によって被害を受けて人びとの訴えは今も継続しています。第二次世界戦争が終わってから70年余りが過ぎたにもかかわらず、いまだに強制動員、強制労働の傷が解決されていないからです。『負の歴史』の徹底した真相究明、謝罪と賠償、犠牲者追悼と記憶がすすめられなければならないのです。これが、わたしたちが『明治日本の産業革命遺産』を批判する理由でもあり、このガイドブックをつくった目的でもあります。」

 ガイドブックには、「明治日本の産業革命遺産」関連施設での朝鮮人、中国人、連合軍補助の動員数が書かれています。

 八幡製鉄所関係(製鉄所、八幡港運、二瀬炭鉱)で、朝鮮人が、約1万2千人、中国人が、1009人、連合軍捕虜が1954人動員されていました。

 その他、長崎造船所、高島炭鉱、三池炭鉱、釜石鉱山・釜石製鉄所を含め、合計で、朝鮮人が約33400人、中国人が4187人、中国人が4187人、連合軍捕虜が5140人動員されていたのです。

 ILO(国際労働機関)は、日本による戦時の朝鮮人、中国人への強瀬労働は、強制労働に関する条約(第29条)に違反したものと認め、1999年、日本政府に問題解決に乗り出すよう専門家委員会報告を出しています。

 しかし、日本政府は、沈黙を続けています。

 日本政府が強制労働の歴史を認知し、侵略戦争と強制労働という負の遺産を明示することが求められています。

 山口県も県内での「明治日本の産業革命遺産」を中心に、明治150年のイベントを大々的に行おうとしています。

 「不都合であっても背を向けてはならない『負の歴史』」を説明しなければなりません。

 明治期の日本の歴史を正しく伝える明治150年イベントにする必要があります。

 私は、長生炭鉱で1942年2月3日に行った水没事故で亡くなられた183人の犠牲者を追悼し、真相究明、謝罪と賠償などを求める運動に参加しています。

 183人の犠牲者のうち、136人が朝鮮人であり、韓国の遺族の方との毎年のように交流を行っています。

 2013年2月2日の長生炭鉱の「水非常」を歴史に刻む会の追悼文はこう結ばれています。

 「渡したしは、このような悲劇を生んだ日本の歴史を反省し、再び多民族を踏みつけにするような暴虐な権力の出現を許さないために、力の限り尽くすことを誓い、ここに犠牲者の名を刻みます。」

 私は、この追悼文を胸に刻み、今後ともこの活動を続けていく決意を新たにしています。

 「明治日本の産業革命遺産」や明治150年に対する皆さんのご意見をお聞かせ下さい。

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