環境と福祉の充実を目指して

映画「羅生門」[2018/04/30 月 AM 08:44]

 黒沢昭DVDコレクション⑥「羅生門」を観ました。

 マガジンには、本作のエピソードが書かれています。

 「1950(昭和25)年8月26日に封切られた本作は、同年のキネマ旬報ベスト・テンで5位に留まるなど、当時の評価は芳しくなく、制作を推進した大映の重役やプロデューサーは左遷されたという。しかしその一方、イタリーフィルム社の女性社長ジュリアーナ・ストラミジョーリは『羅生門』に感激し、ヴェネチア国際映画祭への出品を大映に打診。大映側が渋ったため、自費で字幕をつけて出品したところ、公開翌年の9月0日、見事に最高賞である金獅子賞を獲得したのである。パリ在住の彫刻家・高田博厚が『文芸春秋』に寄稿したルポによると、会場には関係者どころか日本人が一人もいなかったため、困った主催者側は、急遽、付近を歩いていた小柄な東洋人にタキシードを着せ、『日本代表』として表彰式に出席させた。すると、前年のグランプリ作『裁きは終わりぬ』(1950)のアランド・カイヤット監督がその東洋人の手を振りながら『羅生門』を賞賛。この光景を見た周辺のマスコミが大柄なアイヤットを県傾斜と勘違いし、撮影した写真を各国へ配信するという珍事が巻き起こったのである。そして、映画祭への出品さえ知らされていなかった黒澤明監督は、後日、『日本映画を一番軽蔑していたのは日本人だった。その日本映画を外国に出してくれたのは外国人であった。これは反省する必要はないか、と思う』と述べている。」

 黒澤監督は、本作について「虚飾なしには生きていけない、死んでも虚飾を捨てきれない人間の罪の深さを描いている」と述べていたとマガジンにあります。

 黒澤監督の言葉を念頭に置いて映画を思い起こし、原作である芥川龍之介の「藪の中」を読み直すと多襄丸と真砂と金沢の語りの意味がよく分かり金沢殺しの真相が分かってきます。

 多襄丸は「わたしの太刀は二十三合目に、相手の胸を貫きました。」と証言しています。

 多襄丸は金沢を殺したと証言しています。

 真砂は、「わたしはほとんど、夢うつつのうちに、夫の縹の水干の胸へ、ずぶりと小刀を刺し通しました。

 真砂は金沢を殺したと証言しています。

 金沢は、「おれはそれを手にとると、一突きにおれの胸へ刺した。」と証言しています。

 金沢は自殺したと証言しています。

 金沢が死んでいる事実の前に、多襄丸、真砂、金沢の証言のうち、二人の証言が虚飾なのです。

 真実を語っているのは誰なのか、芥川龍之介は読者に答えを委ねているのでしょう。

 マガジンに漫画家・弘兼憲史さんのインタビューが掲載されていました。

 この中で弘兼さんが「僕は『羅生門』の多襄丸と『七人の侍』の菊千代のキャラクターに共通点を感じるんです。どちらもコメディー・リリーフ的な役回りで、三船敏郎がわかりやすいオーバーアクトで演じています。内容がやや難解な『羅生門』では『ハッハッハッハッ・・・・」と豪快に笑う多襄丸のキャラクターが、作品に明るさをもたらしていますね。」と述べています。

 私もこの点は全く同感です。二つの作品で、三船敏郎の弾けた演技が秀逸です。

 芥川龍之介と黒澤明が合作が映画「羅生門」でしょう。世界が認めた映画「羅生門」は、難解ですが、人間の罪の深さを描いた歴史的大作です。

 この連休はあれこれ用事の多いですが、合間、合間で黒澤明の映画を観て過ごします。

 次に観るのは、黒澤明監督晩年の大作「乱」です。

 黒澤映画に対する皆さんのご意見をお聞かせ下さい。

コメントはまだありません »

コメントはまだありません。

この投稿へのコメントの RSS フィード。 TrackBack URI

コメントする