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知らなかった、ぼくらの戦争[2017/10/09 月 AM 08:09]

 NHKラジオで高橋源一郎さんがアーサー・ビナードさんの「知らなかった、ぼくらの戦争」という本を紹介していました。

 先日、広島に行った際に購入し、今、読んでいるところです。

 この本は、2015年4月~2016年3月に放送された文化放送の番組「アーサー・ビナード『探しています』」のうち、23名の戦争体験談を採録し、加筆・修正して、再構成したものです。

 「パールハーバー」に関する記述は納得しました。

 パールハーバーの定説は「大日本帝国は予告もなく一方的にアメリカのハワイ州真珠湾に卑怯な奇襲攻撃を加え、多くの貴い命が奪われ、太平洋戦争の正義の戦いはそこから始まって、すべて当然のお返しだった」です。

 アーサーさんは、「1941年12月の時点で、米軍はすでにレーダーを開発していたので、日本艦隊の動きをとらえ、特別な地位についた一部の人間は、事前に把握できていたはずだ。『人的ミスによって現場への情報伝達が遅れた』というエクスキューズは、あまりにも白々しく響き、本当はルーズベルト政権が血眼になってさがしていた『対日対独宣戦布告』の口実に、もってこいの軍事的行動だった。戦力的に価値が低く、すぐに代わりを用意できるアリゾナ号のような戦艦は、そのままパールハーバーに無防備に並べられていた。けれど、沈没されたら困る大事な航空母艦はすべて前もって、みごとなタイミングでハワイから遠い海域へ避難させたのだ。」と書いています。

 真珠湾攻撃に参加した原田要さんは「帰ってきた攻撃隊のパイロットたちに『空母は何隻いたのか?』と聞くと、『一隻もいなかった。』というんだよね。『戦艦、巡洋艦、駆逐艦、そして格納庫を爆撃した』と喜んでいるのに、『空母は全然ない』」と語っています。

 アーサーさんは「驚いたのは、安倍総理が真珠湾でこう話したことだ。『戦争が終わり、日本が、見渡す限りの焼け野原、貧しさのどん底の中で苦しんでいたとき、食べるもの、着るものを惜しみなく送ってくれたのは、米国であり、アメリカ国民でありました。皆さんが送ってくれたセーターで、ミルクで、日本人は、未来へと、命をつなげることができました』いくらなんでお原爆投下を完全無視して、この期に及んでだれかの古着と粗悪な脱脂粉乳のお礼を述べるなんて、演出のやりすぎで馬脚をあらわした」と書いています。

 オバマ大統領が広島の慰霊碑に献花して、安倍総理がパールハーバーの慰霊碑に献花する。

 アーサーさんは「いまさら『ヒロシマはパールハーバーのお返しだった!』とストレートにいうと、野暮な感じがして逆に怪しまれる。したがって、なんとなく両者のつながりをサブリミナルに、タイミングでもほのめかしながら、大統領が献花して慰霊、総理も献花して慰霊、既視感たっぷりの『お互いさまの演出』で歴史のペテンをさりげなく補強できたのだ。」と書いています。

 安倍総理は、加害にも被害にも責任が取れない指導者と言わなければなりません。

 皆さんは戦後処理の問題をどうお考えですか。お教え下さい。

 

 

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