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聖書と歎異抄[2017/04/30 日 AM 07:16]

 作家の五木寛之さんとキリスト教司祭の本田哲郎さんの対談集「聖書と歎異抄」を読んでいます。

 この中で、五木寛之さんが、「隠れ念仏」の事を語っておられます。

 「隠れ念仏というのは、薩摩藩とか人吉藩が、浄土真宗、阿弥陀信仰を禁じて、徹底的に弾圧するのですね。拷問したり、晒し首にしたり。鹿児島県の西本願寺鹿児島別院に行きますと、『涙石』というものが境内にあります。それは、念仏系の人たちを捕らえて、仲間を密告しろと言われても、告白しない。するとその人たちを座らせて膝の上に大きな石を一枚ずつ重ねていき、「肉は裂け、骨は砕け』と記録にはありますが、そういう石抱きの拷問をして自白を迫られた、信者たちの苦しみの涙が注がれた石と伝えられています。」

 「隠れ念仏」の事は、五木寛之さんが2001年に上梓された「日本人のこころ」シリーズ、とりわけ「日本人のこころ2」で詳しく述べられています。この本を読んだ当時は、浄土真宗を深く理解していなかったので、知識を得た程度でした。

 遠藤周作著「沈黙」を読み、映画「沈黙」を観て、隠れキリシタンの物語を深く知りました。

 2年前から浄土真宗本願寺派の総代を務めてからは、様々な場で浄土真宗の事を学ぶ機会を得ました。

 これらの体験を経た今、「隠れ念仏」の歴史に再度振れ、今までにはない感動を覚えました。

 浄土真宗の様々な行事が行われた最後に「恩徳讃」をみんなで歌います。

 「如来大悲の恩徳は身を粉にしても報ずべし 師主知識の恩徳もおねをくだきても謝すべし」

 これまで私は、「身を粉にしても」「ほねをくだきても」とは大げさ表現だと感じていました。

 「隠れ念仏」の歴史を学んだ今、「恩徳讃」の歌詞が今までよりは少し深く理解できるようになった気持ちになりました。

 念仏者が歩いた道は平坦ではなかったのですね。これらの歴史を少しづつ学んでいこうと思いました。

 これからも少しづつ親鸞の教えを学んでいきたいと思いました。

 そして、本田さんは、釜ヶ崎で様々な活動をされておられます。

 本田哲郎さんの著作も少しづつ学んでいこうと思いました。

 私が門徒総代を務める常光寺では、5月4日が親鸞聖人の生誕を祝う「降誕会」です。

 今日は、今から、お寺の清掃作業に行ってきます。

 

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