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俳人まで弾圧の歴史が[2017/04/14 金 AM 06:54]

 4月9日付の山口民報の「共謀罪を許さない」のコーナーに治安維持法国賠同盟山口県本部会長の林洋武さんが次のような文章を書いておられます。

 「太平洋戦争開戦直前の1941年(昭和16年)11月に宇部市の俳句同人誌『山脈』の同人、歯科医山崎清勝氏ら10名が突如として逮捕されました。山崎氏夫妻は『治安維持法違反』で起訴されました。そして2年以上にわたって発行された『山脈』誌は発行停止になりました。戦後になってもこの人たちは『なぜ逮捕され起訴されたのか理由がわからない』と述懐しています。当時の『特高月報』には、『生活俳句、知性俳句、無季自由律俳句』を主張し『コミンテル並びに共産主義目的遂行罪』と記されています。『無季自由律俳句』が共産党に協力する疑いがあると立件されたのです。前の年、京大俳句事件として京都で俳句集団が弾圧されましたが、それにかこつけての弾圧があったと思われます。治安維持法は1925年施行され、最初は共産党への弾圧法でしたが、知識人、大学人、宗教団体、さらには俳句の同人誌まで弾圧の対象となりました。今自民党が強行しようとしている『共謀罪』(『テロ等共謀罪』)も官憲の手によってその虞があると認められると一般人もわけのわからない罪に問われます。あの戦前の言論統制の恐ろしさの復活です。政府はテロ集団だけだと強弁していますが、戦前の治安維持法の成立時にも『共産主義運動以外に拡大することはない』と当時の国会では繰り返し弁明していました。しかし、俳句の同人誌に対しても弾圧は拡大されました。この悪法を絶対に許してはなりません。」

 私は、30代の前半から川柳を趣味としています。山口民報の川柳欄の選者を務めています。

 私が尊敬する川柳作家の一人に「鶴彬」がいます。

 彼は、1930年に金沢歩兵第七連帯に入営し、その直後に、「無産青年」を配布したとして治安維持法違反で逮捕されます。

 1937年には「川柳人」の編集者が特高からの取り調べを受け発行禁止の命令を受ける事件も起きています。

 鶴彬が戦争を批判して作った「手と足をもいだ丸太にしてかへし」が「非愛国的作品」とされたのです。

 戦前は、治安維持法下の中で、俳句や川柳までもが弾圧されたのです。

 そして、山口県内の同人誌なども弾圧された歴史があったことは衝撃でした。

 自由に、俳句や川柳を楽しめる時代を維持していこうではありませんか。

 私は、これからも堂々と安倍政権を批判する川柳を作り続けていきたいと思います。

 鶴彬を尊敬する一人の川柳人として。

 皆さんは、この歴史をどうお考えですか。感想をお教え下さい。

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