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兵戈無用[2015/12/10 木 AM 10:59]

 8日、本願寺山口別院で行われた浄土真宗本願寺派総合研究所副所長である藤丸智雄さんの「寺院と公共性」というお話しをお聞きしました。

 開かれたお寺になるために何が求められており、何をすべきかが語られました。深く意義深い話しでした。

 質疑の中で、「安保法制に関する本願寺派の見解は」との質問が出されました。

 藤丸さんは、本願寺派へ平和問題を検討する責任者をされているそうです。

 藤丸さんは、「浄土真宗本願寺派総合研究所が『平和に関する論点整理』しているので、参照してほしい」と話されました。

 この中に、「仏教の説く平和」とする章に次のようなことが書かれてありました。

 「争いがなくなり、生老病死の苦悩や不安をお互いに支えあうことができる『平和』を仏教は説く。」

 「人間の心から平和づくりを目指すのが仏教の特徴。」

 「平和のためには煩悩や愚かさが自覚されていかねばならない。」

 「仏教では武器なき平和を理想としている。」

 「平和に関する論点整理」ではこの点で以上のように論点が整理された上で、「仏教は一貫して『殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ。また他の人々が殺害するのを容認してはならぬ。』’(『スッタニパータ』394)と不殺生を説きますし、仏典中の『律』においては出家者に対し軍隊に近づけてはならない(『パーリ律』『波逸提法』48-50)、武器を持つ者に法を説かない(『パーリ律』『衆学法』560-580)といった記述があり、武力を否定する立場を明確に見ることができます。『律』は、出家者を対象とした決まりであり、すぐさますべての者に適用できるかという課題は残りますが、『仏説無量寿経』の『仏が歩み行かれるところは、国も町も村も、その教えに導かれないところはない。そのため世の中は平和に治まり(中略)武器をとって争うこともなくなる(兵戈無用)』という世界が、仏教における平和の理想の姿であると言えるのではないでしょうか。」と書かれています。

 朝日新聞社から仏教新発見というシリーズが発刊されました。

 このシリーズでは瀬戸内寂聴さんの「いま、釈迦のことば」が連載されています。

 第一回は「殺してはならない」です。

 「不殺生というのは、仏教の戒律(してはならない掟)の中でも第一番にあげられるものです。もちろん戒律は釈迦の定められたものですから、釈迦の思想の根であり、仏教の根幹です。(中略)殺してはならない理由を、釈迦は、すべての人間は暴力に脅え、すべての人間は死を恐れるからと説明しています。その恐怖の心は、もしろん自分にもあるのです。自分におそいかかる暴力を、とても恐れ脅えていることを見つめたら、同じ思いに震えている他の人間に暴力はふるえないでしょう。殺すことは、暴力の最もひどいものだと言えます。戦争は集団殺人の一番けしからぬ行為です。人間の最大の罪です。」と瀬戸内さんは書いています。

 10日発売の「文芸春秋」のインタビューで、小泉純一郎元総理が、先の国会で安倍首相が安保法制を成立させたことについて「全部強引に押し切っちゃう。なんか先急いでいるね。ぶれないところが、オレを見習っていると言われるが、わからんな」と述べたと今朝の読売新聞で報道されていました。

 安倍総理が先を急いで戦争に参加することだけは避けなければなりません。

 「兵戈無用」は憲法9条に通じる考えだと思います。憲法9条こそ世界に広げ、不殺生の世界に近づける努力が必要なのではないでしょうか。

 「兵戈無用」私の最も尊重する言葉の一つになりました。

 

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