環境と福祉の充実を目指して

月別バックナンバー [ 2017年 07月 ]

「ときを紡ぐー昔話をもとめて」読書ノート① [2017/07/31 月 AM 07:56]

 口承文芸学者の小澤俊夫さんのインタビューが16日の中国新聞に掲載されていました。

 小澤俊夫さんは、小澤征爾さんのお兄さん、歌手の小澤健二さんのお父さんです。

 私が、宇部市PTA連合会総務委員長をしていた時、読み聞かせをされている団体の方から、小澤俊夫さんを講師とした学習会を合同でやらないかとの申し出がありました。

 私は、その時まで、小澤俊夫さんの事を知りませんでしたが、宇部市民会館での学習会で先生のお話しをお聞きして以来、傍観者の域を出ませんが、小澤俊夫さんに注目してきました。

 その後、宇部市で行われた「昔ばなし大学」を聴講し、小澤先生の昔話の講義を何度か聞かせていただきました。

 その当時、雑誌「子どもと昔話」を購読しており、小澤先生の平和主義のお考えを拝察し、本ブログで紹介したこともありました。

 この程、小澤さんの自叙伝とも言える「ときを紡ぐ-昔話をもとめて」を読み、改めて、先生の平和主義の考え方に幾度となく共感しました。

 今日から数回にわたって、先生の言葉を引用しながら感想を述べていきたいと思います。

 小澤さんが小学生の頃、北京に暮らしておられました。

 ある日、人力車から日本兵が降りのを目撃します。

 その日本兵は、代金を払いません。中国人の車引きが料金をせがむと軍人は、軍刀を途中まで抜いてどなりつけます。

 その姿を見て小澤さんは次のように語っています。

 「この日本兵にも家族があるだろう。家族はこの人がこんな横暴な、野蛮な人だということを知っているだろうか、とぼくは思った。知っているはずはない。日本人はみんな、自分の夫は、父は、息子は、恋人は、天皇陛下のために聖戦に身を投じている勇者なのだと思っているだろう。そう思うと、ぼくは心の底から悲しかった。なぜだかわからなかったが、ものすごく悲しかった。」

 小澤さんが北京で病院に作業に行き傷痍軍人の人からこんな話を聞きます。

 「軍隊が進軍していって、村に近づき、畑でおばあさんが働いていると、必ず射殺した。なぜなら、日本軍が近づいてきたことを中国軍に知らせるからだ、スパイをするからだと、当然のようにいっていた。村に入ると、にわとりや豚を食料として調達した。軍票(軍隊が発行するお金)で買うこともあったが、ほとんどの場合は奪ったということだった。それらのことを、日本の傷痍軍人たちが、ぼくら子どもに得意になって話していた。南京攻略に参戦した兵隊がいて、てこずったときには毒ガスを使ったと、これも得意になって話してくれた。」

 戦中に中国に滞在した経験を受けて小澤さんは、現在の政治の問題点を次のように指摘します。

 「今にして思うと、このギャップが、戦後後になっても、日本人全体の、あの戦争に対する認識の誤りとして、いつまでも尾を引くことになったのである。つまり、日本の建前としては、日本が大東亜共栄圏の盟主として、アジアの国々を欧米の支配から解放してやることが戦争の目的だった。しかし実際には、アジア人に対して悪鬼のような振る舞いをしていたのである。中国、韓国をはじめアジアの人たちは、今もってこの悪鬼のような日本人を責めているのである。ところが、日本国内では、建前としての戦争しか知らない。しかも、戦争で心ならずも命を失った日本軍人ばかりを神として崇拝している。そればかりか、あの戦争を指導した軍や政治の指導者たちをも神として祀って、そこに首相が参拝しているのである。アジアの人たちが怒るのは当然と言わざるを得ない。」

 不破哲三社研所長は、日本共産党95周年記念講演会で、「安倍政治」について「戦前の態勢に戻りたい、『戦前回帰』という『日本会議』系のウルトラ右翼の怨念を大きな特徴としたものです。」と指摘しました。

 安倍内閣の閣僚が靖国神社参拝を繰り返し、首相自身も玉ぐし料・真榊の奉納を続けていることは、侵略戦争を美化する行為です。

 在日韓国・朝鮮人や中国人を罵倒するヘイトスピーチが根絶されません。

 安倍政権は過去の侵略戦争を反省しない政権だから、安保法制=戦争法を成立させ、憲法9条を改定して日本を戦争する国にしようとしているのではないかと思います。

 小澤俊夫さんの「ときを紡ぐ」を読みながら、今日の政治に対峙していきたいと思います。

 明日以降も、この本の読書ノートを続けていきたいと思います。

 小澤さんは、中国新聞でのインタビューで「平和ってさ、そんなに軽いもんじゃない。やっとの思いで手に入れたんだぜ。その重みを少しでも考えてもらえるような材料を残したかった」と語っています。

 小澤さんの本を座右に置いて、この夏、日本と世界の平和を考えていきたと思います。

 

山陽小野田市で「日本共産党を語る集い」 [2017/07/30 日 AM 08:07]

 日本共産党北南地区委員会は、昨日、清水忠史衆議院議員を迎え、山陽小野田市で「日本共産党を語る集い」を行いました。

 会場一杯の130名の参加者が山口県で初めての演説という清水議員の訴えに聞き入りました。

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訴える清水ただし衆院議員

 清水議員は、「総選挙で野党共闘を実現し、共闘の要である日本共産党を躍進させよう」と呼びかけました。

 その上で、清水議員は「都議選での自民党大敗北や安倍政権の支持率急落は、あらゆる分野で暴走する安倍政権への強い怒りの繁栄だ」と語りました。

 森友・加計問題では、「国民には痛みを押しつけ、友人には便宜を図る安倍首相を政権から引き降ろそう」と訴えました。

 経済や社会保障の問題では、税金の集め方を改め無駄遣いをやめることが大事だとし、「企業献金を受け取らない日本共産党だからこそ、大企業に相応の税金を納めよと言える。お金の心配なく介護を受けてというのが政治の役割で、誰も悲しまない経済政策こそ必要だ」と力説しました。

 集会の最後に、藤本衆院山口3区候補(私)、今秋の山陽小野田市議選に挑む中島好人市議、山田のぶゆき市議と新人の寺岡としあき候補、阿武町議選で初の党議席獲得を目指す、よねつ高明候補が紹介され、必勝を誓いあいました。

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左から山田、中島、寺岡、清水、藤本、米津各氏

 私は、集会の司会を務めました。清水議員は、元松竹芸能所属の漫才師です。軽妙な語り口で、会場は爆笑の渦でした。

 分かりやすく政治を語る姿勢を大いに学びました。

ジョン・マン [2017/07/29 土 AM 09:36]

 日野原重明さんの「いのちの使いかた」という本を読んでいます。

 この中に、江戸時代に日本人として初めてアメリカで暮らしたジョン万次郎のホームステイ先を友好記念館にするという「ホイッツトフィールド・万次郎友好記念館」つくるプロジェクトに日野原先生が関わられた経過が書かれています。

 「万次郎を長期機関ホームステイさせ、教育の機会を与えたホイットフィールド船長の家は、マサチューセッツ州ボストン市から車で90分、かつては捕鯨で栄えた小さな町フェアヘブンにあります。廃屋寸前になっていたその家が競売に出されていると知ったのは、僕がたまたまメキシコ訪問中だった2007(平成19)年夏のことです。ニューヨークに住む知人の吉田礼三さんから、このままでは、日本人とアメリカ人の間に温かい交流が育まれた記念すべき家あ、壊されてしまうと聞いたのです。僕は即座に『それは買い取って修復し、友好記念館にしようではないか』と提案しました。」

 日野原先生は、お父さんから「3つのV」をいつも胸に持つよう教えられたといいます。

 Vision, Venture,Victory

  「ヴィジョンとは、将来を見据えて夢を持ちなさいということ。そお夢は見るだけで終わらせてはいけない。困難があっても勇気を持って行動するヴェンチャー精神で取り組むこと、そうすればその先には勝利のヴィクトリーが実現されるというものです。」

 2009年5月に、「ホイットフィールド・万次郎友好記念館」が開館します。

 この事業を100歳前後の日野原さんが取り組まれたパワーに感服しました。

 ジョン万次郎の事を知りたくなり、今、山本一力さんの「ジョン・マン」を読み始めました。

 まだ、1巻「波濤」を読み始めたところですが、ホイットフィールド船長が、西太平洋で鯨が枯渇してきたので、初めて太平洋に捕鯨の出発する様子が手に取るように分かります。

 また、万次郎は、土佐の中ノ浜で、カツオ漁師として生活を始める様子が生き生きと描かれています。

 万次郎と一緒に人生の航海をこの夏したいと思います。

 日野原さんの本には珠玉の言葉が綴られています。

 「人間の体は、土でできている器と同じ。いずれ土に還ります。医学の役割は器をいたずらに長持ちさせることではなく、本当は、その器に満たす大切な中身、人としての尊厳や生きざまを守ることであるはずです。いのちを寿ぐ、と表現する寿命だからこそ、生きてきた中身が大切なのではないでしょうか。」

 人間の体は、土でできている器と同じ。

 こう言い切れるのは、医師として100歳以上生きてきた日野原さんならではでしょう。

 この夏は「ジョン・マン」を読みながら、日野原さんからももっと多くの事を学びたいと思います・

 人としての尊厳や生きさまを守る器を高めるために、学び続けるのが人生なのでしょう。

 みなさん、日野原先生との想い出がおありでしたらお教え下さい。

 

 

 

 

歌われたのは軍歌ではなく心の歌 [2017/07/28 金 AM 07:04]

 7月18日聖路加国際病院名誉院長の日野原重明さんが105歳でお亡くなりになられました。

 山口県の湯田でお生まれになったということで、親しみを感じていました。

 心からご冥福をお祈りいたします。

 日野原さんは、2000年に75歳以上を老人と定義しようと「新老人の会」を発足させました。

 「新老人の会」の活動の一つに、戦争中や戦争直後の自分たちの生活体験を描写・記録し体験集としてまとめることがありました。

 「新老人の会」の戦争体験記録集を一冊の本にしたのが、「新老人の会」編「歌われたのは軍歌ではなく心の歌」です。

 日野原先生は、昭和16年に聖路加国際病院に赴任されます。結核の後遺症があり、軍隊への召集はありませんでしたが、昭和20年の東京大空襲の時に、医師として患者に対応します。

 日野原先生は、この時のことをこう書いています。

 「3月10日の大空襲は、地獄のようでした。大勢の患者さんが来院しても薬がなく、新聞紙を燃やして、その燃えカスを患部に振りかけて分泌物を吸収するしかありませんでした。」

 日野原先生は、これらの経験を経てこう書いています。

 「私は戦争体験をして空襲を受け、戦争のつらいこと、ミゼラブルなことを体で感じているから、戦争は世界のどこの国であっても決してあってはならないことだということを強く信じるのです。戦争というのは人をクレージーにしてしまうほど大変以上なことだから、これをないおうにするには、今の子どもが成長した時に、その世界がくるように、私たちは、子どもの教育に私たちの戦争体験をそのまま話して、今でも戦争に苦しんでいる人たちをなくすために、日本だけでなく外国にも出かけて行って、平和を守る意欲を持った第三世代の人をつくりたいと思うのです。」

 「戦争をするなということよりも、命を大切にするということを、シュバイツァー博士が蟻一匹でも殺すのはいやだと言ったヒューマンな気持ちを子どもに植え付けることによって、心からなる愛と平和の心をもっと心に強く芽生えさせるように、私たちの経験を伝えることがわれわれの使命であると思います。そのためには人から受けた過ちは許し、お互い愛しましょうと言いたいのです。そういう場合には強い国や弱い国を許さないと駄目です。そういう意味で、アメリカにも許しの気持ちがないと今のイラクなどとは百年戦争になります。」

 日野原先生は、1911年(明治44年)生まれでした。

 この本で戦争体験を語っておられる方は、1920年前後(大正9年)です。

 現在90歳後半の方々です。

 戦争を体験された方のお話しを直接お聞きする機会は少なくなりましたが、こうして活字になれば、将来にわたって戦争の事実を知ることが出来ます。

 紹介できませんでしたが、お一人お一人の経験は、まさに筆舌に尽くしがたいものばかりです。

 戦争を知らない私たち以降の世代がしっかり語り継いでいきたいと思います。

 日野原先生の命を大切にする戦争のない世界をの遺志を私たちはしっかり受け継いでいきたいと思います。

 これを契機に日野原先生の著作を少しづつ読んでいきたいと思います。

相模原 障害者殺傷事件1年 [2017/07/27 木 AM 07:51]

 19人の障害者の命が奪われ、27人が重軽傷を負った相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」の事件から昨日で1年がたちました。

 犠牲となった方々のご遺族の皆さまへ哀悼の意を申し上げたいと思います。

 「民医連医療」8月号に、岐阜大学の竹内章郎さんの「現代における優生思想の克服と真の共生のために~相模原事件をきっかけに~」と題する講演録が掲載されていました。

 竹内さんは、今回の犯人の言説と同じ内容の記述を含む本が、ナチス政権誕生前夜のドイツで出版されてることを指摘します。

 「今回の犯人の言説とほとんど同じ内容の記述を含む著名な本が、1920年にナチス政権誕生(1933年)に先立ち、刑法学者K.ビンディングと、精神科医A.ホッヘによって刊行されています。そこには、『重度の知的障害をもった存在は瓦礫の山』『殺したところで、誰も悲しまない』『そういう存在は社会の負担、お荷物になっている』といった記述があり、本の大明が『生きる価値のない命とはだれのことか』となっています。」

 ナチス政権は、ユダヤ人を約800万人虐殺したことは有名ですが、竹内さんは、ユダヤ人殺害の予行演習(T4政策)として、重度障害をもつ20万強の人をナチスは殺害した事実を明らかにします。

 その上で、竹内さんは、「我われ個々人自身にも浸透しかねない優生思想の問題があり、これの広がりをまずは押さえる必要がある」と指摘します。

 竹内さんは、優生思想と新自由主義の一体化を指摘します。竹内さんは、「新自由主義の大御所ハイエクは、市場秩序に適合的でない人間の健康を守ることを事実上、否定しています。また、私的所有物としての能力把握により、能力の劣ることやそれに基づく処遇も自己責任とする思想が新自由主義にあり、これは優生思想と一体なのです。」と指摘します。

 竹内さんは、優生思想について「優れた者の称揚と、劣った者の排除が一体となることが優生思想の恐い点で、ここから優生思想は、我われの日常社会にも入り込んでくるのです。」と指摘します。

 竹内さんは、13世紀の神聖ローマ帝国のフレデリック2世が命じた恐るべき実験を紹介します。

 赤ちゃんに授乳やおしめの取り換え、日光浴、室内の温度調整は行いつつ、微笑みかけなどのコミュニケーションは一切行いません。そうすると赤ちゃんは、1歳未満で一人残らず死んでしまいました。

 竹内さんは、「他者からの働きかけがあって、初めて維持され生きる能力になるということです。全ての能力の根源は共同的なものだということです。」と語り、能力を私的所有としてのみ捉える「優生思想」の問題点を指摘しています。

 竹内さんは、「病者、障がい者を真に受容しながら、同時に本当に病気や障がいの治療や軽減も重視できるような、両者が矛盾しない営みを可能にするような社会・文化、これはなかなか難しいのですが、そうした営みを少しでも構想し進める必要があると思います。」と講演で語っています。

 能力は私的所有ではなく、共同的なものという指摘は重要だと思いました。

 「優れた者の称揚と、劣った者の排除」する社会の構造を理解し、この構造を少しでも克服する社会を構想していく必要を感じます。

 私は、大学で「障がい者福祉」学びました。障害者殺傷事件から1年が経過しましたが「意味なき命はない」ことが日本で広がることを願います。

 「津久井やまゆり園」の事件から1年が経過しました。

 皆さんはこの事件をどのようにお考えですかお教え下さい。

 

和顔なれど愛語ならぬ首相答弁 [2017/07/26 水 AM 07:59]

 昨日の参院予算委員会で、学校法人「加計学園」獣医学部新設の疑惑をめぐり午前中の民進党の蓮舫議員の質問と、午後の日本共産党の小池晃議員の質問をテレビで視聴しました。

 安倍首相は、愛媛県今治市に国家戦略特区を活用して獣医学部を新設する計画の対象が「加計学園」であることを知ったのは、「今年1月20日だ」だと答弁しました。

 今年5月9日の参院予算委員会で森ゆうこ議員が「加計孝太郎氏が今治市で国家戦略特区による獣医学部新設の希望を持っていることを知ったのか。」との質問に対し、安部首相は「加計学園が、当然これは特区に申請を今治市が出し、特区に申請した段階において東京から説明を受けているわけで、その段階で当然総理大臣として知りえた。」と答弁しました。

 今年6月5日の参院決算委員会で平山佐知子議員が「大親友である加計さんが、ずっと獣医学部を新設したという思いであったことは当然ながら知っていただろう。」との質問に対し、安部首相は「これは安倍政権になってから、国家戦略特区に、その申請を今治市とともに出された段階で承知した。」と答えました。

 安倍首相は、今治市が申請した、2015年6月には、加計学園が獣医学部を新設しようとしていることを知っていたとこれまでは答弁していたのに、昨日の予算委員会で、知ったのは、「今年1月20日」だと答えました。

 小池議員は、「明らかな虚偽答弁」と指摘をしましたが、私も全く同感です。

 今朝のしんぶん赤旗の朝刊に、中祖記者が、このような「虚偽答弁」が生まれた背景をこう分析しています。

 「首相の意図は見え透いています。昨年9月以降、和泉洋人首相補佐官や内閣府、萩生田光一官房副長官などが文部科学省に対し、加計学園の獣医学部新設認可を早急に進めるよう強い圧力を加え続けたことが鮮明になる中で、『首相は関知せず』という、『ストーリー』をつくり、自分を守ることを最終戦にするものです。」

 安倍首相は、「丁寧な説明」「(政策決定には)一点の曇りもない」を口では繰り返します。

 実際に、この二日間の衆参両院の予算委員会での安倍首相の発言態度は、「声を荒らげる」ことも「挑発する」こともなく「和顔」だったのかも知れません。

 昨年の8月末から9月にかけて、加計孝太郎氏が、山本農水大臣、山本地方創生大臣、松野文科大臣に面会していることが、小池議員の質問で明らかになりました。

 安倍首相は、この時期に何度も加計孝太郎氏と会食・ゴルフを行っているのに、加計学園が事業主体と知ったのは、今年1月20日だといいう説明に納得した国民はいなかったのではないかと思います。

 真実を語らない安倍首相の姿勢は、「安倍政権の自浄能力は示されず、法治主義の崩壊状況を露呈する」と中祖記者が今朝のしんぶん赤旗で指摘した通りです。

 安倍首相の昨日の答弁は、国民に対し「和顔なれど愛語ならぬ」答弁と言わなければなりません。

 真実を語らない「和顔」は、国民の不信を一層深める結果になるでしょう。

 安倍首相は、真実を語るべきです。加計学園が事業主体だと知ったのは、「今年1月20日」などとする答弁は撤回すべきです。

 皆さんは、加計学園問題での安倍首相の発言をどう受け止めましたか。感想をお聞かせ下さい。

 

ノーベル平和賞の劉暁波氏死亡 [2017/07/25 火 AM 10:10]

 昨日の朝日新聞の「MONDAY解説」で「ノーベル平和賞の劉暁波氏死亡」が特集されていました。

 朝日新聞の解説は、「劉氏が亡くなった翌日の14日、北京中心部にある天安門広場に行った。1989年、民主化を求める学生らを前に、劉氏が銃をたたきつけ、非暴力での民主化運動を訴えた場所である。広場はいつもと同じように、多くの観光客でにぎわっていた。地方から来た人たちに、『劉暁波』と書いたメモを見せて尋ねた。『知っていますか』。みなけげんそうに首を振った。共産党政権は劉氏に関する情報や党に批判的な言動を徹底的に消去している。市民がお金を稼いだり、海外に行ったりする自由は広げる一方で、共産党に異論を唱える人々に対しては自由を奪い、私的な会合も許さない。北京の外交筋は『習近平指導部になって、言論状況はさらに悪化した』と口をそろえる。」「文化大革命末期の76年の第一次天安門事件では、周恩来の死を悼む人々が天安門広場に集い、無言の抗議をした。89年の天安門事件も、始まりは失脚した胡輝邦元総書記の追悼だった。歴史学者の章立凡氏は指摘する。『当局は政治改革を話し合える穏健な理想主義者さえも消し去っている。ここまで抑圧が強まった社会では、もはや平和的な民主への意向は難しくなっているのではないか』」と書いています。

 日本共産党は、中国に対し、言論による体制批判には、それを禁止することなく、言論によって対応する政治制度への発展が重要だと、

ことあるごとに伝えてきました。劉氏の弾圧についても志位委員長が、2010年の赤旗まつりで、中国が国際人権規約などの国際的到達点に立ち、「国際社会の理解と信頼を高める対応をとることを強く望む」と述べていました。

 2010年の赤旗まつりでの志位和夫委員長の発言は以下の通りです。

・・・

 劉暁波(りゅうぎょうは)氏のノーベル平和賞受賞などにかかわって、中国における人権問題が国際的注目を集めています。この問題についてわが党の態度をのべておきたいと思います。

 日本共産党は、中国における政治体制の問題として、将来的には、どのような体制であれ、社会に本当に根をおろしたと言えるためには、言論による体制批判に対しては、これを禁止することなく、言論で対応するという政治体制への発展を展望することが、重要だと考えるという立場を、1998年の中国共産党との関係正常化以降、中国にたいしてたびたび率直に伝えてきました。言論による体制批判には言論で対応する政治体制への発展を展望することの重要性を、ここで重ねて強調しておきたいと思います。

 くわえて、人権保障に関する国際政治の到達点にてらして、私は、つぎの点を強調したいと思います。

 かつては人権問題――各国家が自国民の権利をどのように扱うかは、もっぱらその国の主権に属する内政問題として扱われました。しかし、とくにファシズムと軍国主義による人権蹂躙(じゅうりん)が第2次世界大戦に結びついたという歴史の教訓を経て、世界の平和維持のためにも、各国の国内で人権が保障される体制をつくることが必要だと考えられるようになり、そのための一連の国際的な取り決めがなされてきました。

 中国も、それらの国際的取り決めを支持・賛成してきています。中国は、1948年の世界人権宣言を支持し、1966年に国連総会で採択された「市民的及び政治的権利に関する国際規約」――言論・表現の自由を含む広範な市民的・政治的権利を増進・擁護する責任を明記した国際人権規約に署名しています。

 さらに、中国は、国連総会決議にもとづいて1993年にウィーンで開催された世界人権会議が採択したウィーン宣言にも賛成しています。ウィーン宣言は、つぎのように明記しています。

 「国家的および地域的独自性の意義、ならびに多様な歴史的、文化的および宗教的背景を考慮に入れなければならないが、すべての人権および基本的自由を助長し保護することは、政治的、経済的および文化的な体制のいかんを問わず、国家の義務である」

 ここには二つの原則がのべられています。

 一つは、自由と人権の発展は、それぞれの国によってさまざまなプロセスをとり、「多様な歴史的、文化的および宗教的背景を考慮」すべきであって、特定のモデルを性急に押し付けるような態度を取るべきではないということであります。

 いま一つは、しかし同時に、人権と基本的自由は普遍的性格をもっており、すべての人権と基本的自由を「助長し保護する」ことは、「体制のいかんを問わず、国家の義務である」ということであります。

 これは人権保障における国際社会の重要な到達点をなすものだと私は考えます。

 私たちは、中国が、これらの国際的到達点に立ち、人権と自由の問題に対して、国際社会の理解と信頼を高める対応をとることを強く望むものであります。

・・・

 中国の民主化を訴え、ノーベル平和賞を受賞した劉暁波氏が亡くなりました。皆さんのご意見をお聞かせ下さい。

フルフッキン [2017/07/24 月 AM 07:38]

 プロトレーナー・中村勝美さんの「1日1回の腹筋でお腹を凹ませる方法」を読んで中村さんの理論に惚れ込み、今、「1日1回でお腹が凹む!完全腹筋メソッド」を読んでいます。

 中村さんの近著で紹介されている「これだけフッキン」よりも、この本で紹介されている「フルフッキン」の方が動作は難しいですが、分かりやすく、大胆で、続け易いと思い、ここ数日、実践しています。

 「フルフッキン」は、「立ち姿勢から始まって、座り姿勢、仰向けと態勢を変え、さらにそこから脚を上げ下げして、再び座り姿勢になって、最後は立ち姿勢で終わります。」というものです。

 仰向けに寝た姿勢で腰を折り脚を出来るだけ頭より上の床に近づけます。

 その動作が難しいですが、大胆で、分かりやすく、続けるやりがいにつながっているようです。

 この本の中に「ダメ姿勢」が書かれてあります。

 ①後ろ体重で背中は肩から丸まり、お腹は緩んでいて、ももの付け根でバランスをとっている猫背タイプ

 ②反り腰でお腹を突き出し、前体重の出っ腹タイプ。

 私は、典型的な①のタイプで、意識しないと、肩甲骨が凝り固まってしまいます。

 この本は、まず「正しい姿勢」とは何かが説かれあり、「フルフッキン」を行うことができるバランスよく筋肉を鍛える方法が多数書かれてあります。これらストレッチを空いた時間に行っています。

 肩甲骨を解す体操をしていると、肩の周りがゴリゴリ音がするほど凝っていたことが分かりました。

 股関節の固さも痛感しています。

 1日1回「フルフッキン」体操を行いつつ、空いた時間に紹介されているストレッチを続けたいと思います。

 何よりも、背筋を伸ばし、お腹に力を入れて正しい姿勢を意識して、日常を過ごしていきたいと思います。

 この本にこんな文章が出てきます。

 「いまの自分から未来の自分をイメージしてみて!まじめな気持ちで向き合いことによって、変えていくための力は湧いてきます。」

 4年以上続けている「スロージョギング」に「フルフッキン」を加えて、少しでも快適な毎日にしていきたいと思っています。

 2017年7月22日が、私の「フルフッキン」開始日です。今日で3日目。3日坊主は過ぎました。

 「継続は力です。」

 

金子みすゞいのち見つめる旅 [2017/07/23 日 AM 08:35]

 上山大峻さんの「金子みすゞがうたう心のふるさと」を読んで、改めて、郷土の童謡詩人・金子みすゞの偉大さに感服しているところです。

 最近、中川真昭さんの「金子みすゞいのち見つめる旅」を読み、金子みすゞの人生に感服しました。

 中川さんは、朝日放送に勤務しながら児童文学の創作活動を続けられた方です。

 現在は、奈良県橿原市・浄念寺の住職をされています。

 この本を読んで、みすゞさんと正祐さんとの関係に想いを馳せることが出来ました。

 正祐さんは、みすゞさんの弟です。正祐さんが一歳の時、みすゞさんのお母さんのミチさんの妹フジさん夫妻の養子として入籍しました。

 みすゞさんが16歳の時、お母さんのミチさんは、妹フジさんが病死した後、フジさんの夫、松蔵さんと再婚します。

 みすゞさんと正祐さんは、姉弟であることはふせられ、二人は従姉だと言い聞かせていました。

 みすゞさんは、宮本啓喜さんと結婚することになる訳ですが、その理由について、中川さんはこう書いています。

 「みすゞさんを自分の本当の姉と知らない正祐さんが、はた目にもそれとわかるような、淡い恋心をみすゞさんに抱きはじめたことでした。」

 正祐さんは、「宮本さんとの結婚には、絶対反対だ。振り回されるな」と手紙を書きます。

 みすゞさん23歳の時、宮本啓喜さんと結婚します。

 そして、みすゞさんの子ども=ふさえさんが産まれます。

 童謡を書くことをご主人から禁止されたみすゞさんは、3冊の手帳に「美しい町」「空のかあさま」「さみしい王女」と題して、作品を整理します。この3冊は二組作られます。一組は、師である西条八十さんへ、もう一冊は正祐さんへ。

 正祐さんは、みすゞさんの詩作3冊を大切に守り続け、矢崎節夫さんの目にとまり、みすゞさんの作品が発表されるに至ったのです。

 みすゞさんと正祐さんの関係性に涙が止まりませんでした。

 中川さんは、最後に「金子みすゞさんは、生涯、仙崎と下関を出ることはありませんでした。そこで生きとし生けるもののいのちを思い、そのいのちはすべて一繋がりであることを見つめ、生かされてある自分をみつめ、地球という大きな織物のタテ糸の一本にしかすぎない人間の、驕り、たかぶりにこころをいため、そして、どうしようもない人間の根源に自分の姿を重ね、そのなかで、哀しくも短い一つのいのちを終えていったのです。」と書いています。

 みすゞさんの有名な「大漁」などを想い浮かべながら、この文章を読むと、みすゞさんの詩の世界が見事に解釈されていることが分かります。

 みすゞさんと正祐さんとの関係性を詳しく論じたのが松本侑子著「みすゞと雅輔」です。

 雅輔とは、正祐さんのことです。

 正祐さんは、雑誌「映画時代」に昭和4年(1929年)から上山雅輔のペンネームで文章を書くことになりました。

 「みすゞと雅輔」は、正祐さんの「日記」が2014年に発見されたことなどを受けて丹念に書かれた作品です。

 今、「みすゞと雅輔」を読んでいます。

 大正から昭和の激動の時代を駆け抜けた、詩人と文筆家の揺れ動く心と作品をしっかり読んでいきたいと思います。

 みすゞ関連の本を読めば読むほど、「みすゞの世界」に陶酔していきます。

 「人間の驕り、たかぶりに心をいため」たみすゞの作品と関連の本をこれからも読み続けていきたいと思います。

 金子みすゞについて皆さんのご意見をお聞かせ下さい。

これだけフッキン [2017/07/22 土 AM 07:22]

 50歳を過ぎると体にあちこちガタがきます。

 背中の周りに疲れが溜まってきました。

 そこで、今、プロトレーナーの中村勝美さんによる「1日1回の腹筋でお腹を凹ませる方法」という本を読んでいます。

 この本の中に、3人の例が出てきますが、私は辺見くんのケースに該当します。

 この本で、まず取り上げているのが姿勢です。

 猫背が体全体のバランスを崩す原因になっているとの指摘は私にぴったり。

 「人間の身体は、『上半身は開き、下半身は閉じている』というのが理想的な姿勢です。」というのは私にぴったりの言葉です。

 私は、スロージョギングを2013年3月から続けています。

 といっても、最近は、ジョギングがウォーキングになっていました。

 今朝は、上半身を開き、下半身を閉じることを意識してみました。

 そうすれば、数カ月ぶりに、ジョギングで、いつものコースを走りきることができました。

 ここ数カ月は、猫背でとぼとぼ歩ていたのです。

 猫背は、肩甲骨の可動域も狭め、肩や首や腕の凝りにつながります。

 そして、体のサビを落とすことの必要性が書かれています。

 四つん這いになって、猫と牛のポーズを取ります。

 肩甲骨と股関節の周りの可動域を広げるストレッチをします。

 足の指の運動も大切です。

 次に、「これだけフッキン」

 寝た姿勢で、お腹を凹まして首と背中を床から上げていきます。

 これを毎日続けます。

 というのがこの本の概略です。

 色々な体操を試してみては、継続できない私ですが、「これだけフッキン」を続けてみようと思います。

 体力の衰えに逆らうことは出来ませんが、少しづつ、体操と運動を継続して、快適な生活を送りたいと思います。

 まずは、上半身を開くことと、お腹を凹ますことを意識して、一日一回のフッキンを継続していきたいと思います。

 プロトレーナーの中村勝美さんの理論はとても分かりやすく、よく理解できます。

 皆さんの健康法をお教え下さい。